本を買った理由を書いて行くブログ

読書が好きだけど感想や書評を書くのはちょっとしんどいし続かない、と言うずぼらな性格の愛書家が、「なぜこの本を買いたくなったのか」という理由だけを淡々と綴るブログ。たまに雑記も。

【感想】『鍵のかかった男』 有栖川有栖

★★★★☆

ああ、なんか久々に「ミステリ」を読んだ。そんな気分。
最近はそもそも「ミステリ」というジャンルを読むこと自体が減ったのですが、そんな中でここ数カ月で読んだ「ミステリ」と呼べるのが、『その可能性はすでに考えた』『屋上の道化たち』『危険なビーナス』など。
『その可能性は~』はまあミステリと言ってもかなりぶっ飛んだイロモノ系だし、王道のはずの島田御大と東野御大の二作品はどっちもイマイチだったこともあって、「なんか最近、純粋に正統派なミステリを読んでないなあ」と言う気分だったのです。

そういう時に安心して読める日本人作家が二人(あくまで個人的に)。
悩める作家こと法月綸太郎と、そしてこの方、有栖川有栖です。

エラリィ・クイーンを崇拝されているだけあって、常に正統派なクラシカルミステリのスタイル。
昭和初期から経営している純喫茶に入って、LPの音楽を聴きながら珈琲を飲むような気分にさせてくれる安心感があります。
しかし、「古き良き」と言う言葉は現代を生きるミステリ作家にとっては逃げ道にはなりません。
オールドスタイルだからと言ってトリックが古くても許されるわけはなし、そういう意味ではスタイルを貫きながら新作を物すということはそれだけでかなりたいへんなことなのかもしれません。
しかしこの作品はそのハードルを見事に乗り越えていると言って良いかと思います。

殺人事件の犯人を捜す、と言うよくあるパターンではなく、自殺として処理された事件が殺人であることを証明するという構成。
それはイコール、自殺した人物の謎の生きざまを紐解くことでもありました。
人生に「鍵の掛かった」男の過去を追うことで、いくつもの謎が段階的に解けて行く…と言うこともなく、かなり終盤まで真実には近寄れません。
男の人生が少しずつ分かって行くのに、自殺か他殺かと言うミステリとして最も重要なテーマは謎のまま。
こういうのってだいたい一緒にヒントが出て来て分かって行くものじゃないのかよ、とやきもきしますが、終盤、ある一つの謎が解けた途端にすべてがドミノ倒しのように繋がります
この展開は本当にお見事。

作品に出て来る名探偵、火村英生のように「すべてを一瞬で」理解するとまでは行きませんが、その一点からどんどん繋がって行く展開はものすごく気持ち良いです。
「いやー、なるほどなー」と、口に出そうになりながら読んでいました。
ものすごいどんでん返しと言うことではありませんし、トリックもさほどではないです。でもこの作品の醍醐味はそこではないでしょうね。
たった一つの鍵が嵌まることで、すべての事象が繋がって行くその爽快感こそがこの作品の真骨頂だと思います。
『鍵の掛かった男』というタイトルがこの作品の魅力を見事に表していますね。
ミステリファンとして、とても幸せな読後感でした。

ミステリ好きには勿論ですが、ミステリ初心者にもぜひオススメしたい一冊です。

鍵の掛かった男

鍵の掛かった男